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吉丸一昌の命日
3月7日は吉丸一昌の命日に当たる。今日は龍光寺にて命日の法要を兼ねて歌碑の建立委員会の会議を開いた。吉田稔著書によると「望郷の歌」に以下のように書かれている。「大正五年三月七日早朝に急逝した。午前三時頃危篤の封に、いとこの間柄である吉丸勝基は人力車で駆けつけたが、東の空がようやく白みはじめていた。平生から頑健で武道で鍛えた身体だから、よもやと思いながら枕元に近いずいたが、余りの危篤に驚き大声で呼びかけましたが,耳には通じたのでしょう唇を上下に動かし,或はゆがめしきりに頭を振りながら,懸命に物語らん風に見えたが発音は一声も聞き取れなかった。
 死の直前免れざる運命を察してか当時11才の長男昌武を起こし、お国のためになるようにと申し聞かせ,残念であると言い残したと言う。」
  私たち早春賦建立委員会 〈吉丸.住職、鈴木慶治さん、石坂さん、森岡紘子さん〉の打ち合わせ後、本堂で般若心経を合掌した。昨日の大雨がウソのような青空の中、龍光寺の庭には早くも、モクレンが白いつぼみを付けていた。
モクレン蕾み
本堂で94回目の法要(撮影:委員の石坂さん)

94回目の法事


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【2009/03/07 21:20】 | 94回忌の読経 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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