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林光が編曲した早春賦
前日から激しい雨が降り、風も強い。新大久保にあるワンダーQの五十嵐さんのお宅で男声合唱のワンダーQと女声合唱との始めての合わせをする。五十嵐さんのお宅は新大久保の国際通り(大久保通り)のけん騒から、一歩入るとウソみたいに静寂な場所にある。奥様の五十嵐玲子さんがワンダーQの専属ピアニストとして活躍している。奥様がピアニストということで音響も考えられたコーラススタジオでもある。今日は、男声の応援が2名、女声が4名、そして、合唱を指揮する籾山真紀子さんと構成の井上さんが参加した。
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今回のコンサートのウリである、林光が編曲した男声合唱による「早春賦」はコンサートでは多分始め
て聴く方が多いと思います。編曲者の林光は日本を代表する作曲者としても現在も活躍している。
林光については、”何も合唱だけではなく、現代音楽の分野で、作曲家としてもピアニストとしても、また_批評家としても活躍。それにしてもその多作ぶりは驚嘆に値する。”と紹介している。

ワンダーQがうたう早春賦。左から狩野さん、奥田さん、藤田さん、五十嵐さん。
ワンダーQ早春賦をJPG

伴奏ピアニストの五十嵐玲子さん。
ピアノ五十嵐
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【2009/01/31 22:34】 | 男声合唱ワンダーQが歌う | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
銘菓早春賦饅頭
第四回になる顕彰コンサートでは今年も信州安曇野の『早春賦饅頭』をたった一つですが、参加いただいたお客様にお付けします。小判型のおまんじゅうの上にサクラの花びらが一輪あしらった、上品なこしあんです。大変、評判が良く、コンサートでは5個入りを即売します。
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発売元の信州 安曇野市にある「丸山菓子舖」は明治42年3月1日に創立した老舗です。安曇野市には、ご存じのように早春賦の歌碑が穂高川に沿った早春賦公園に歌碑があります。毎年、4月29日(祝日)に早春賦祭りが開催され今年は26回という、これまた老舗のイベントです。一度春の安曇野に訪れてみませんか。歌碑のバックには北アルプスに残雪(4月から5月頃)が光る風景は息を飲む美しさです。その時は銘菓早春賦饅頭も味わってください。


美味しい,おいしい,和菓子の丸山菓子舗 .
【2009/01/30 23:38】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「故郷を離るる歌」の原曲は?
昨日に続いて「故郷を離るる歌」についてふれてみました。この歌の曲はドイツ民謡と書かれています。もう7~8年前だったでしょうか、いや10年前だったか記憶になく、「吉丸一昌」の資料にファイルされていたことを思い出し、引っ張りだしてみました。ファイルされたこの文章は「文芸春秋」に載っておりました。残念なことに何年何月の何月号という記載し忘れていました。この全文を記載します。
「故郷を離るる歌」の曲の ”ふるさと” ドイツ・ロマンチック街道の出発点にあるノイシュヴァンシュタイン城
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故郷を離るる歌  
                                                    NHKテレビ外国語講座 テキスト解説委員 小林猛氏
「故郷を離るる歌」という歌をご存じでしょうか。「園の小百合、なでしこ、垣根の千草・・・・」という没頭の歌詞を聞いて、少なくとも中年以上で知らないといわれる方はまずいないと思う。最近でも、レコード店でちょっと探すと、数枚のCDにそのタイトルをみることができる。
 私は、外国語学習雑誌の編集にたずさわっているものですが、その関係で、さくねん、東京のある大学院に籍をを置くドイツ人留学生Mさんと知り合うことになりました。私たちの雑誌の投稿欄にMさんが投稿してきて、その日本語の文章のあまりのうまさにびっくりした私が、読み物の執筆を彼に依頼したのがきっかけでした。
 大学時代にドイツ文学を専攻し、以来ゲルマン系の文化にあこがれを持ち続けていた私は、この若いドイツ人とのつきあいの中で、ドイツ関係かねてから、知りたいと思っていたこと,ネイテイブでなければ分からないようなことを、いろいろ質問しました。
「故郷を離るる歌 」という歌は、最近人気の鮫島有美子さんのCDの中でもそうなのですが、これまで必ず「ドイツ民謡」と紹介されてきました。ところが、実は、ふしぎなことに、日本にずいぶんたくさん輸入されているドイツで作られた「ドイツ民謡集」風なレコード・CDの中に、この歌が入っていたためしがないのです。
 さらにもう一つ、ふしぎなことは、ふつう日本人歌手がドイツ民謡を歌う場合、しばし原語で歌ったり、レコード・CDに原語の歌詞がついたりするものですが、この歌に関するかぎり、ドイツ語の歌詞に出会ったことが全くなく、歌詞はいつも「園の小百合、垣根の千草・・・・」なのです。外国人気コーラスグループが「園の小百合、」と歌っているCD すらあります。
 これはあやしぞ、と私は思いました。そう聞くと、この歌は、誰でも知っているドイツ民謡「ムシデン」に、歌詞も曲相もとても似ています。「早春賦」が、おそらくはモーツアルトの「春のあこがれ」の影響下に、日本で作られたものではないか。
  私は、かねてからこの疑問を、Mさんにぶっつけてみました。
 Mさんに、鮫島有美子さんが歌っているこの歌を聴いてもらいました。彼ははっきりと、こんな歌聴いた事がない、言いました。近いうちにちょっと故郷のマインツに帰るので、その時に、向こうの音楽の専門家に調べてもらってあげよといってくれました。
 それっきり私は、このことを忘れていました。私の仮説がおそらく当たっているのだろう、などと思っていました。
ところが最近、久しぶりにMさんから手紙が来ました。約束したとおり、ドイツで専門の学者に例の歌を聴かせたが、やはり彼も、聴いた事がない、といった。しかし、日本に戻ってしばらくたって、その学者から便りがあり、あなたの言っていたのと同じらしい曲が見つかったが、これに間違いがないだろうと、楽譜、歌詞が同封されていた。自分も楽譜を見て、これに違いないと思ったが、どうだろう。 まぎれもなく、これは「故郷を離るる歌」のメロデイでした。楽譜のコピーの一番上に、「ドイツのラウテの歌」とあり(ラウテというのは昔の弦楽器の名前9その下に「喜び、悩みのなかの愛」さらに、その下に353という数字が出ています。こお歌そのもののタイトルらしものは見当たりません。わきの方に、「フランクより」とあり、この歌が、日本の観光客に人気のあるロマンチック街道の出発点、ドイツ中部のフランケン地方の民謡だったことを示しています。歌詞は、日本語のそれと同じように、故郷を離れようとしている若者の気持ちを歌ってようです。しかし、悲しみは、故郷ではなく、もっぱら恋人との別れによってもたらせるようで、「園の小百合」「なでしこ」を連想させる表現はなく、最後の行の「さらばふるさと、ふるさとさらば」にあたる部分も、そのまま「さらば恋人」のくりかえしとなっています。やはり、「故郷を離るる歌」は正真正銘のドイツ民謡だったわけです。しかし、肝心のドイツでは全くといっていいほど忘れ去られ、わずかに文献の中にだけ残っている寂しい存在です。
 日本製であはないかという私の仮説はくだかれましたが、現状を考えると、この歌はもう.ドイツの歌といより、日本の歌といったほうがいいくらいです。
【2009/01/26 23:05】 | ドイツロマンチック街道の出発地点がふるさとだった | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
故郷を離るる歌
第四回の顕彰コンサートでは「新作唱歌」から合唱曲を中心に演奏する事は前回お知らせしております。その中の「故郷を離るる歌」は”早春賦”に勝るとも言われ、中年以上の方々で知らない方はいないと思います。私もあの三小節目の”おもへば涙 膝をひたす さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷と”と三回も同じ言葉が繰り返されている。自分の膝が涙で濡れるくらいに故郷を離れる淋しさがにじみ出ている詩文(文章)です。このコンサートを開催するにあたり構成・演出の井上英二氏と臼杵を訪れた。
故郷を離れてから一度は故郷の臼杵に帰ろうと思っていた吉丸一昌は明治43年12月の末、何度も通った峠、御所峠に着いた。臼杵の町が見える。懐かしい津久見島が見える。はやる気持ちで六ケ泊へと下った。
下記の写真は御所峠から見た臼杵湾と津久見島
臼杵遠景JPG のコピー
そして、帰路、再び御所峠を越えて東京へ戻った。多分、この峠を越えた時に書かれたのがこの
「故郷を離るる歌」のイメージと思われます。
その故郷の母校・旧制大分中学(現、大分上野が丘高校)が春の高校野球21世紀枠に選ばれて60年ぶりに出場する事が決まりました。この大分上野が丘高校のホームページを見てみました。

『本校は創立123年目を迎え、4万5千人以上の卒業生を輩出してる、大分県で一番の歴史と伝統を誇る普通科名門高校です。「質実剛健」の校風に立脚し、校訓として「実力と気品とたくましさ」を掲げ、「知・徳・体」の調和のとれた人間形成を図る教育を推進しています。』という校長先生の言葉が書かれていました。校訓は吉丸一昌の生き方そのものだという気がしました。
【2009/01/25 11:24】 | 母校の旧制大分中学(上野が丘高校春の選抜に選ばれる | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
コンサートのゲスト出演者
吉丸一昌顕彰コンサートは4月4日(土曜)に開催される事は、ブログの表題にもありますように第4回を迎え、今回は吉丸の代表的唱歌集「新作唱歌・全十集」から合唱曲を中心に演奏します。
ゲストには今、活躍中の男声カルテット・ワンダーQをお迎えします。
写真はワンダーQカルテットと専属ピアニストの五十嵐令子さん。
”ワンダーQ5人”
トップテナー:狩 野  紘、セカンドテナー:奥 田 正 道、バリトン:藤田 紀夫   、ベース:五十嵐 雄三
ワンダーQののプロフィールを紹介します。
学生時代に男声合唱の持つ柔らかなハーモニーに魅せられた4人が社会人になって入団した男声合唱界の名門「男声合唱団 東京リーダーターフェル1925」で出会う。大編成の合唱団で歌う傍ら、1995年、高齢者介護施設や幼稚園、病院などへのボランティア演奏活動を主な目的としてカルテットを結成し、演奏活動をはじめた。 2002年、「ワンダーQ」(Wonderful Quartet)と名をつけ、東京、埼玉、千葉、神奈川の首都圏のほか、長野、大阪、福島など各地で精力的に演奏活動を続け、その数は年10回以上にも及んでいる。
2005年、山梨県韮崎市「武田の里文化振興協会」主催の“第10回ブリーズコンクール”で審査員特別賞、一般審査員賞をダブル受賞。
ワンダーQ結成以来、毎年、夏の終わりに長野県安曇野市で“ほのぼのコンサート”を開催し、土地の方々との交流も深めている。
  2008年、さいたま市の「川口リリア音楽ホール」で結成7周年記念コンサートを開催、好評を得る。レパートリーは、ロシア民謡、ドイツ歌曲、黒人霊歌、ジャズ゙、ポップス、韓国歌曲、抒情歌、童謡、唱歌、歌謡曲と幅広い。

【2009/01/21 21:58】 | 男声カルテット・ワンダーQ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
来年、平成22年3月に早春賦の歌碑が建立される!
早春賦の歌碑が吉丸家菩提寺である龍光寺に建立される事になりました。来年はこのコンサートも第5回目であり、吉丸一昌が大正5年(1916年)3月8日に亡くなってから95年になります。丁度節目の年です。このコンサートが始まる時から龍光寺の衣斐玄譲住職が早春賦の歌碑を節目の5年後になる平成22年には建立したいと言っていました。昨年、夏頃から歌碑建立委員会が立ち上がり、委員会を開いてき、そして、11月には良い歌碑用の石が見つかり、設置場所も決定しました。
歌碑用の石は高さが160センチ、巾が180センチほどの大きさです。

歌碑の石

上の石を2/3を切断した残りは現在テーブルとして飾られている。表面は緑ががかっており、白い縞模様が幾すじもある。
歌碑の面は青い

設置場所は本堂に向かって右側の所、
歌碑の右側

現在、笹が生えている所に設置場所が決まっている。ここに生えている木は移植する予定です。
歌碑が出来る所JPG
この歌碑は吉丸一昌の亡くなった日の平成22年3月7日(日曜日)に早春賦歌碑建立記念式典を予定しています。また、この歌碑の特徴は音声機器が設置されボタンを押すと早春賦の歌と曲が流れるように考えており、第5回の吉丸一昌顕彰コンサートも同じ日に第二部として開催することにしています。今から楽しみです

【2009/01/16 23:24】 | 吉丸一昌没後95年 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今年も「吉丸一昌顕彰コンサート」が開催されます。
ロウ倍梅1
 
蝋梅2

1月15日 猛烈に寒い。冬だから寒いのは当たり前だよって言われました。
私の家の庭に黄色の蝋梅(ろーばい)が1厘2リンとほころび始めた。凍るような寒気の中、逆光で見るとローソクの蝋のようなテカリが花びらに見える。
吉丸一昌顕彰コンサートもいよいよ今年で4回目になります。4月4日(土曜日)13時半開場、14時に開演です。このブログも今日から再びオープンする。いろんな情報が流されます。乞うご期待!!
【2009/01/15 22:38】 | 菩提寺で開催されるコンサート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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