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3月29日龍光寺
28日に文京区教育委員会文化財課から「早春賦の作者・吉丸一昌の墓」と書かれた
ステンレス製の案内板を建てていただいた。文京区は数々の著名文化人を拝した地域である。そのためにこのような案内板をよく見かける。一昨年私自ら教育委員会へ設置を要望し、このたび願いがかない設置された。文章も簡潔で「早春賦」と吉丸の関係がよく分かる案会になった。文京区教育委員会の方々に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
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【2007/03/30 08:43】 | 3月29 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
眞理ヨシコさんのコンサートを聴きに行きました
我々の「吉丸一昌顕彰コンサート」のレギュラー出演者・眞理ヨシコさんのコンサートに行ってきました。昨日、(3月24日)四谷区民ホールで満員のフアンを迎えて「NHKうたのえほん」デビュー45周年だそうです。眞理さんは“早いものでもう45年です”とおっしゃってました。いつまでもお若くて,お奇麗でまた歌唱力は抜群ですね。花を添えたひばり児童合唱団の可愛い児童の方も一生懸命に唄う姿に魅了されました。
眞理さんはMCまでやりながら童謡からポップス、最後の「メンデルスゾーンの歌のつばさ」には私、いたく感激しました。
【2007/03/25 10:22】 | 「眞理ヨシコ 歌のつばさに」のコンサート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
眞理ヨシコさんたちの練習を見る
3月14日15時より、会場の龍光禅寺で眞理ヨシコさんたちの初の顔合わせと練習の確認をした。寺の境内にはこぶしの真っ白な花が咲いていた。今年は暖冬によってこぶしの花もいつもより早い開花なのだろか。
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今回の若い人の出演は「武蔵野のトリオ」は武蔵野音大の4年生になる中井尚美さん(ソプラノ)、関根あやかさん(チェロ)、佐久間由紀(ピアノ)が初登場した。コンサートのオープニングを「早春賦」、そして、ロシア民謡の「赤いサラファン」を唄う。
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そして、眞理ヨシコさんが吉丸一昌作詞した山田耕筰のごく初期の作品「水の皺」と「宵の春雨」を唄ってくれた。
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【2007/03/15 22:55】 | 眞理ヨシコさんたち練習を聴く | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
合唱団、初めての合同練習
去る、3月8日17時から「吉丸一昌顕彰記念合唱団」が初めて合同で文京区千石の沖音楽教室で練習が行われた。今回の合唱団は児童が16人、お母さん方が9人の編成になる。指導は昨年も合唱を指揮していただいた籾山真紀子先生があたられた。この日は出し物の「滑稽唱歌」を中心に真紀子先生のユーモアあふれる指導のもと19時まで熱心に行われた。
以下の写真は「吉丸一昌顕彰記念合唱団」の可愛い児童たち。
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【2007/03/10 20:06】 | 吉丸一昌顕彰記念合唱団 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
作曲家草川信先生の卒業写真
草川誠さんにお会いした際に貴重なお写真をお預かりした。写真の裏には「大正6年3月24日卒業証書授与式」と草川先生の直筆で書かれてある。もちろん、東京音楽学校の卒業式の1シーンである。その時代もやはり3月が卒業シーズンだったのだろうか。女生徒が多く居るのは、時代の先を行った、当時唯一男女共学の東京音楽学校らしい。
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上列2列目の左から2番目が草川先生、その左が岡野貞一さんがいる。上列の右か5人目が、あの「早春賦」の作曲者、中田章さんもいる。
【2007/03/06 23:03】 | 草川信氏の卒業写真 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
草川信さん
3月 まさしく「どこかで春が」の季節が到来した。この春の歌は有名な作曲家草川信さんの代表的な曲である。今回のコンサートとは直接関係がないのですが、構成演出の井上氏と一緒に草川さんのご自宅を訪ねた。草川信さんのご次男である誠さんが杉並区の天沼にお住まいになっており、数年前に私は長野市のとある人から、ご次男のを紹介された。お電話や手紙の文通をさせていただきながら、一度もお会いした事がなかった。そして、お会いしなくては行けないと思いながら今日に至っていた。
 ご自宅は天沼の静寂な住宅街にあり、時折,学校帰りの子供の声がするだけという環境である。誠さんにお会いするなり「父が吉丸先生に大変おせわになりまして」と言われ面食らってしまった。祖父が亡くなって90数年経ってもこのような挨拶が本当に嬉しいものです。
草川信さんが音楽学校2年在学中に祖父が亡くなったそうだ。祖父の教え子の一人だったということになる。
【2007/03/01 22:44】 | どこかで春が | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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