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3月7日、吉丸一昌95回目の命日
3月7日の今日は95年前に吉丸一昌が亡くなった日である。当時の新聞がその訃報を伝えている。
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この記事にはこのように書かれている。
吉丸一昌氏逝く
「東京音楽学校教授吉丸一昌氏は七日午後五時心臓狭窄症にて逝けり年四十四。氏は大分県臼杵町に生まれ第五高等学校を経て明治34年東京文化大学国文科を卒業し、東京府立第三中学に奉職し、明治四十一年より音楽学校教授となり、斬新な作歌者として敏活なる生徒監として令名あり、邦楽調査にも尽力せり、性格落にして義侠心に富み大学を出づるや自費にを以て修養塾と下谷中等夜学学校とを開き苦学生を養ひいしが、其の中にて今相当の位置を得居る者少なからず、氏は又鉄舟門下人中島春海に剣道を学び,書道にも達し音楽のの作歌の外俳句和歌をも嗜み晩近には日本の詩形に就いて研究し、其稿完かりしも未だ世に公にするに至らずして逝けり、高等学校以来晩カラの評判男にて常に火の用心の煙草入れを提げて登校し具合などにて興起るや必ずヒュラ踊り,云う狂舞をなし『ヒュラ男』の渾名を得たり、著に修養夜話、小学唱歌、新作唱歌等あり」と書かれている。
私と妻で菩提寺である龍光寺にお線香とお花を墓前に供え、4月4日の歌碑建立の成功祈願をした。しかし、生憎のこぬか雨のお天気だった。昨日までの暖かさは何処やら,寒い一日だった。
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帰宅して,テレビのニュースを観ていたら鳩山総理もおじいさんの鳩山一郎が同じ命日で、総理になって初めて命日にお墓参りしたそうだ。さすが毎月「子ども手当1500万円」もらえる総理の鳩山家の墓地は立派なのが印象的だった。
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【2010/03/07 20:23】 | 命日 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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