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歌碑建立式典&コンサート
歌碑建立式典と第5回コンサートを開催したのは早1週間前になる。1週間の経過ともにサクラも散り始めた。お天気も相変わらずの不安定なのには体が付いていけない。
先日のブログでは紹介出来なかった写真を何点か紹介します。

歌碑の横には安曇野市の「早春賦まつり実行員会」から贈られた立派な花が飾られた。
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式典最後に吉丸一昌顕彰会の代表である私から「感謝の挨拶」をした。
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14時から歌碑建立記念コンサートでは「滑稽唱歌」で、もっとも人気のある歌「お祖父さん、お祖母さん」を眞理ヨシコさんと松島誠治君が掛け合いで歌った。会場は大いに湧いた。
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吉丸一昌の代表曲「故郷を離るる歌」を出演者が全員で歌った。この歌は合唱曲が多い一昌の中でも何時も人気が高い。
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そして、最後に「早春賦」を会場のお客様と全員で歌った。今日一日で「早春賦」を何回歌ったのだろうか。
観客は会場に入りきれない人たちは居間にテレビモニターを設置して観てもらった。会場には椅子を130席用意した。目視で確認すると125名のお客様が吉丸一昌作品に酔いしれた。
主催した「吉丸一昌顕彰会」は節目の第5回コンサートをもってひとまず終了する事になった。一昌没後90年にスタートし、没後95年に「菩提寺にも早春賦の歌碑を建てたい」という目標でコンサートを開催してきた。歌碑の建立という目的を果たした今、その間の5年間という年月は長いようで短かった気がする。
多くの「早春賦」を愛する方々、吉丸一昌の人となりを愛してくれた方々・・・お世話になりました。この歌碑が建立することが叶ったのも、本当に多くの皆様から寄せられた貴重な浄財のおかげです。
ありがとうございました。



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【2010/04/10 21:57】 | 菩提寺の歌碑 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
感動のコンサートと歌碑建立式典
九州の早春賦のフアンの方から一昨日のコンサートと歌碑建立式典の感動をメールでいただいた。紹介すると
「昨日は本当にありがとうございました。
とても素晴らしい音楽会でした。歌碑もとっても素敵でした。
除幕するときはとても感動しました。20数年前の穂高での除幕式を思い出しました。XX先生や昌武先生の顔が浮かんできました。きっといらしたのかなあと思います。
九州から行って、本当によかったなあと思います。 音楽会の歌や選曲、構成などとても聴きやすく、いろいろな演奏で、次々と驚きがあって、あっという間に時間が流れて行きました。それぞれのみなさんの演奏がとても素晴らしかったです!!東京で聴く「浦のあけくれ」や「故郷を離るる歌」に、じーんと来ました。感動しました!!藤田槙葉さんの歌も素晴らしかったです ね!!
このようなつながりを95年後にまで、もたらしてくださった一昌先生に、畏敬の念と感謝の気持ちでいっぱいです。
吉丸さんが、ほんとうに大変だったと思います。おつかれさまでした。
お寺への道はすっかり覚えましたので、また、歌碑を見に家族でゆっくり東京に行きたいと思います。歌碑の前で早春賦の歌を歌います。
西洋美術館の元館長の樺山さんともお話ができました。サインまでいただきました。
本当に感動的な音楽会と除幕式を、ありがとうございました。
ごくろうさまでした。
除幕式の記念写真
左より書家・矢島峰月氏、文京区教育委員長・樺山紘一氏、龍光寺住職・衣斐玄譲師、吉丸昌昭、眞理ヨシコ氏。
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【2010/04/06 21:46】 | 菩提寺の歌碑 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
歌碑建立式典とコンサート開催
昔からいわれる言葉に「朝のピッカリと姑のニッコリはあてにならない」。今朝は明るい日射しで目が覚めた。「お!やった今日は晴れだ」しかし、・・・・
今日は待ちに待った早春賦歌碑建立式典と第5回吉丸一昌顕彰コンサートが開催された。コンサートの練習が10時30分から始まり、かたや外では式典の準備が整われた。お客さんの中には準備の始まる前から来ている安曇野市のSさんにはびっくりした。

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境内に咲くサクラが満開になっていた。
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12時半 開場を待つ間もなく多数のお客さんが駆けつけてくれた。しかし、「「朝のピッカリ・・」とはよく言ったもので寒さも加わって、どんよりと曇った空が恨めしかった。ゲストには文京区教育委員長の樺山紘一、そして、龍光寺の檀家総代である小笠原氏、役員の方々も出席してくれた。13時からの式典。そして、除幕式と滞りなく進行した。14時から私とマリさんが構成した台本通りにコンサートも進行した。
特注! 一両日中に歌碑の式典やコンサートのもようを写真で紹介して行きます。
【2010/04/05 08:48】 | 菩提寺の歌碑 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
府立三中(都立両国高校)奉職のきっかけ
吉丸一昌は明治34年(1901年)7月に東京帝国大学を卒業。翌年、明治35年4月、府立三中に国語の教師として就職。
当時、府立三中は開校して2年目だった。現在の都立両国高校同窓会、淡交会が出した「吉丸一昌~日露戦争と府立三中~」岡田孝一氏の著書による奉職のきっかけが第一章に書かれている。これは吉丸の回想によるものである。
「三十六年の三月の頃忘れもせぬ雨のしょぼ降る日であった。筆を買はうとして森川町の自分の家を出て、坂を上がって中途に行った頃、恩師狩野博士が蝙蝠傘をさして来られるから、何処へお出でになるかと伺ったら、君の処に行く積もりであったが丁度可い、実はこの度第三中学に空きがある。国語と撃剣を教えねばならぬ、何だと言われる。その時、自分は或る私立学校に出て居たが、或る事情で停めて居た時で、渡りに舟、直ぐお受けをした。」以外に簡単なきぅかけで府立三中に奉職している。その後、この学校に教師として7年間を過ごしている。よほど居心地
が良かったのだろうか。

写真、府立三中時代 下段、右から5番目が吉丸。
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【2010/04/02 23:35】 | 都立両国高校(府立三中) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
歌碑建立記念コンサートは目前
コンサート会場の桜もほぼ満開になってきた。歌碑建立式典もあと3日に迫ってきた。今日13時から、建立委員会のメンバーが全員そろってリハーサルをした。歌碑は廻りの工事が未だ終わらないので工事の合間を縫ってだった。
バックにテントやさんの好意で紅白の幕を引いて、さらに歌碑にも白幕に紅白の引くひもを付けてもらい実際の感じをつかんでみた。そして、歌碑から流れる音楽や司会の森岡紘子さんのタイミングをみたりした。
15時から出演者もそろいピアノと出演者たちの合わせをした。
写真は「献歌 早春賦」を歌う森岡紘子、竹内直美、栗田真帆さんたちの三重唱
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 藤田槙葉さんは吉丸一昌のひ孫にあたる。現在、東京芸術大学の声楽を勉強する4年生。メゾソプラノの声の響きがすばらしい。
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最後に、チェロとピアノ二重奏の船橋栄吉作曲のもう一つの「早春賦」を演奏した。もう一つの早春賦には多くのお客様は驚く事であろう。大正元年11月に東京音楽学校の機関誌「音楽」に発表された。しかし、その3ヶ月後2年2月に「新作唱歌」第3集の中田章が書いた曲が一般に歌われてきた「早春賦」が世に広まった。
眞理ヨシコさん、チェロの磯野正明さん、奥がピアニストの貞美裕美子さん
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【2010/04/01 23:57】 | 菩提寺の歌碑 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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